「蓮?・・・蓮!何してんのん!!その子誰や!?」 響く声はひたすら耳障りで。 「瑠璃子お嬢さん・・・」 俺の声は、きっと何の感情もないマリオネットのような操られた声。 花簪を君に::参 瑠璃子・・・お嬢さん? うわぁ、綺麗な人。 まるでお姫様みたい。 私には、太刀打ちできない人だ。 きっと、敦賀さんの恋人なんだわ。 「あの・・・、失礼します」 キョー子はそう言って立ち去った。 蓮が引き止めるまもなく。 なぜなら瑠璃子が話しかけてきたからだ。 「何持ってるん?見せてみぃ」 奪い取るようにとられたマッチ箱。 それを見た瞬間、瑠璃子の顔が大きく歪んだ。 「あきれた!こんないやらしいカフェのマッチなんか持って!」 「ただのミルクホールじゃないか」 「知らへんの?ここのカフェ女給の接客が下品で有名なんよ?お客の横にはべ って酒の相手するんやて」 敦賀の家の職人が変な女と関わり合いになったら家に傷がつくわ!と彼女は言 った。 「上品なお嬢さんが、そんな下品なことをよく知ってますね」 青年の言葉に、彼女は顔を赤くした。 パン、と頬に当たるマッチ箱。 「口に気ぃつけや!いくらアンタがお父さんに取り入ったからって、ウチが認 めんかったらアカンのやで!!」 パタパタと走り去る音が聞こえたが、それを追う気にはなれなかった。 落ちたマッチ箱を拾い上げ、青年はクス、と笑う。 たまたま同じ苗字だからって、恋人面するな。 アンタが俺に抱いてる感情は知ってるんだ。 でも、俺はアンタなんかゴメンだよ。 敦賀さんって、王子様みたい。 お姫様はもういるけど、でも王子様に違いない。 また逢えるかしら。 チリン、とドアの開く音に意識を戻される。 いけない、仕事中だわ! 今は、不破さんの接客中なのに! 軽く首を振って気合を入れなおした。 しかししばらくすると、またもたげてくるのは彼のことばかり。 やっぱり、来てくれないのかしら。 私が悪いことするのを見られちゃったわけだし、軽蔑されてしまったのかも・・・。 どうして、あんなことしちゃったんだろう・・・。 物覚えのついた頃から、覚えているのは、酒に酔って母を殴る父と、それを必 死に耐える母の姿だった。 『え?お父さんがお店に借金?』 『ええ。アンタをカタにね。そこにある大金、アンタに返せるんか?』 『働きます!きっと返しますから!』 しばらくして、女将さんに呼び出されて聞かされた内容は、辛いものだった。 『なぁ、このままじゃ何年かかるかわからへんのや。どうや?もっと割りのい い商売に鞍替えせんか?ウチの知り合いが遊郭やってんのや』 『嫌です!それだけは堪忍してください!どんなに辛い仕事でも頑張りますか ら、遊郭だけは・・・!』 どうして、父は酒ばかり飲んで働かないのか。 何故、体の弱い母を殴るのか。 何故、何故、何故・・・!? 答えの出ない疑問ばかりが頭をめぐる。 あの、赤いかんざしは幸せの象徴、おまもりのようなものだった。 あれを持ったら幸せになれるかもしれない、そんなことを思っていた。 "そのかんざしは、君には似合わない" 青年の言葉がよみがえる。 分かっている。 そんなこと、分かりすぎるくらい分かる。 あんな綺麗なかんざしの似合う人は、この前あったあのお嬢さんみたいな、敦 賀さんの恋人みたいな人・・・。 「――――ぁ、いいだろ?」 「え?」 「だから、俺と付き合えよ。金なら払うからさ」 不破さんが言う。 お金を払えば、心は買えるの? 「でも、心って形がないから買えないんじゃないですか?それとも、買えるも のなんですか?」 「は?何の話してんだ、お前」 不破さんが不思議そうに尋ねる。 私のほうが不思議なのに。 「え、だから・・・」 「アンタ、振られたってことなんじゃないのか」 ずっと考えていた人の声。 ずっと待っていた人の声。 「敦賀さん!!いらっしゃいませ!」 うわぁ、来てくれた! 敦賀さん、来てくれたんだ!! 「こっちです、どうぞ座っててください!コーヒー、お持ちしますから!」 そして、入れたてのコーヒーを彼に差し出した。 「ハイ、どうぞ!私の奢りですから!この前のお礼です」 「なぁ。あんな奴、多いのか?」 敦賀さんが聞いた。 「え?ああ、不破さんのことですか?いい人ですよ。冗談ばっかり言ってます けど」 最近、冗談が多い。接客に呼ばれるたびに同じようなことを言われる。 「おめでたいね、君」 何か、いいことあったのかしら? 「ありがとうございます!」 と笑ったら、 「・・・。君、幾つ?三歳児か!?」 とため息をつきながら聞かれた。 「いやだ、敦賀さんったら!私は16です!」 ふふ、と笑った。 ふわりと、いい香りが後ろに立った。 「キョー子!」 そして、小きな声が響いた。 「春樹さん」 「アンタの父ちゃん、また来てるで」 外を見ると、酔った男が立っている。 「すみません、敦賀さん。ちょっとだけ待っててください!すぐ戻ってきます から」 そういって、キョー子は、その男に向かって走っていった。 「キョー子にかまわないで頂戴。まだガキなのよ」 春樹と呼ばれた女性は言った。 「ガキなのに家族を養ってるの。アンタとは違うのよ」 「別に、俺は・・・」 そのとき、外から小さな、殴られたような音が聞こえた。 「あんなのいつもの事よ。今日は軽い方ね」 「な、あんた助けに行かないのか!?」 「私が口を出すこと尾ゃないわ」 蓮は、立ち上がって外に向かって歩いていった。 「・・・アンタがどうにかできる訳でもないくせに」 悲しそうな顔をした春樹の呟きは届かない。 「なんや、今月分はこれだけか!?」 「だって、お店に借金してるし・・・」 「隠し持ってないだろうな!?」 「してないわよ。それよりお父さん、お願いだから働いて―・・・」 バシン、と頬に熱がはしった。 「うるさい!親に口答えすんな、子供のくせに!!」 ヒック、と酒臭い息を残して男は去っていった。 はぁ、思わずため息が出る。 (来月も頑張らなきゃ。私が頑張らなきゃ。必要とされているんだから、私が・・・) チリン、と玄関の開く音がして振り返ると、蓮が出てくるところだった。 「あ、敦賀さん。もう帰ってしまうんですか?」 「ああ。今日はね。・・・君、大変そうだね」 そういってくれた彼に迷惑をかけないよう、私は精一杯微笑んだ。 「いいえ、全然!平気です。お父さん、飲まなければ優しいし、仕事が見つか ればきっと昔みたいにまじめになってくれます!」 どこかで、なんて白々しいと思う自分がいたが、端に押しやった。 「・・・わざとらしい」 蓮は何かを呟いたが、キョー子には聞こえない。 「え?何か言いました?」 「いや、なんでもないよ」 そういって、彼は、キョー子の頬に、手をあてた。 熱を持ったその頬に、彼のひんやりとした手が気持ちよかった。 「ため息をつくと、幸せが逃げてしまう。無理はするなよ」 鼓動がはねる。 「・・・ッいいえ!深呼吸、深呼吸っ!!深呼吸してただけですから!!!」 「そうか」 そうして、彼はフ、と笑った。 「また来るよ」 「はい!また是非お越し下さい!!」 なんて優しい人だろう。 なんていい人なんだろう。 彼が去ってからも、私の顔は緩んだままだった。 「また、っていつかしら?」 嬉しい! また彼と話が出来る。 自分の瞳に、彼だけが映る時間を得られたのだ。![]()
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